米国の音楽配信

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このレポートの要約

iTunes Music Store開設までの道のり

2003年4月、Appleが始めた音楽配信サービスiTunes Music Storeは、米国の音楽配信を大きく発展させることになった。Appleは2001年11月のiPod発売当初から音楽配信サービスの立ち上げを計画していたが、実際にスタートするまでには約1年半の時間が必要であった。その間、米国のメジャーレーベルは自らのイニシアティブで音楽配信を主導しようと試みたが、大いなる労力の無駄遣いであることを身にしみて感じるのにそれだけの時間を費やしたのである。

配信プラットフォームをメジャーが用意

当時、メジャーレーベルは5社であった。シェアが最も多いのは、フランスのVIVENDI Universalを親会社に持つUniverasal Music Group(UMG)。その次に位置するのは、米Sonyの子会社であるSony Music Entertainment(SME)。以下、12%前後で横並びのEMI Record Music(EMI)、BMG Entertainment(BMG)、Warner Music Group(WMG)の5社であった。
この5社は2つのグループに分かれて音楽配信のプラットフォームを提供する企業を設立した。VivendiとSMEがpressplay、EMIの親会社である英EMI GroupとBMGの親会社である独BertelsmannがMusicNetを設立し、互いに音楽配信の主導権争いを演じた。

pressplay、MusicNet共に事業は失敗に終わる

2001年12月、pressplayとMusicNetの配信プラットフォームを使用した音楽配信サービスが立ち上がるが、両者ともユーザー数は伸び悩んだ。その最大の原因は、CDの焼付やPD(Portable Device)への転送曲数に厳しい制限を設けたからであった。それは当時のDRMが転送後の楽曲をコントロールできないことから発生したものだが、ともに制限を若干緩和したものの、基本的な条件の変更には応じなかった。したがって、pressplayとMusicNetの配信プラットフォームを利用しようというプロバイダーは増えず、メジャーのもくろみは実現することはなかった。

AppleのiTunes Music Storeの大成功

2003年4月にAppleが開設したiTunes Music Store(iTMS)は、開設直後からダウンロード数を伸ばしていった。iTMSでダウンロードした楽曲は、無制限でCD焼付とPDへの転送が可能であった。このサービスを待っていたかのようにダウンロード数は上昇し続け、開始4カ月で1千万ダウンロードに達した。その後Windowsにも対応したことから、次の4カ月で2千500万ダウンロードと加速度的に上昇していった。AppleのiTMSは、5大メジャーがやろうとしてできなかった音楽配信のビジネス化に成功したのであった。

目次

1.iTunes Music Store

(1)iTunes登場前夜

(2)iTunesの登場

(3)iPodからiPhoneへ

2.Apple対抗サービス

(1)RhapsodyとNapster

(2)Microsoft

(3)主要音配サービス

 

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